
汗も尿も洗濯物に残った汚れも、出てきた時点ではほとんどにおいません。においは、菌がその中の「材料」を分解したときに生まれます。
場所が違えば材料が違い、材料が違えば働く菌も違う。生乾き臭の菌とワキのにおいの菌、そしてトイレのアンモニア臭の菌はそれぞれ別のものです。
においが生まれる順番
どの場所でも同じです。
材料(それ自体は無臭) → 菌が分解する → においの成分

菌がにおいを持っているわけではありません。材料を分解する道具(酵素)を持っているだけです。
だから、材料がなければ菌がいてもにおいません。逆に、その材料を分解できない菌は、いくら増えてもそのにおいを作りません。
「雑菌が繁殖するとにおう」というまとめ方だと、この2つが見えなくなります。
洗濯物の生乾き臭 ― モラクセラ属
雑巾のようなにおいの正体は、4-メチル-3-ヘキセン酸という脂肪酸です。
これを作る菌を突き止めたのが、2011年の花王と愛知学院大学の発表でした。においのある衣類から取り出した菌を滅菌したタオルに植えたところ、モラクセラ属を植えたものだけがこの成分を大量に作りました。
洗濯物から見つかった種は Moraxella osloensis(モラクセラ・オスロエンシス)。土壌や水など、環境中に広く分布する菌です。
「モラクセラ菌は口や喉の常在菌」という説明を見かけますが、それは別の種です。上気道の常在菌として知られるのは Moraxella catarrhalis で、中耳炎や気管支炎の原因菌として扱われるものです。属の名前でまとめると、性質の違う菌が同じものになってしまいます。
材料は洗い残した汚れ、増える条件は水分です。乾かす前に落とす、濡れたまま置かない。これが上流の対策になります。
汗をかいた後の衣類 ― マイクロコッカス属
「洗ったはずなのに、着て汗をかくとすぐにおう」。これは生乾き臭とは別のにおいです。
花王が2016年に発表した研究では、これを着用汗臭として分けて調べています。成人男性に洗濯済みのTシャツ・肌着23着を着てもらい、着用の前後で分析したものです。
出てきたにおい成分はイソ酪酸やイソ吉草酸などの脂肪酸で、菌はマイクロコッカス属とスタフィロコッカス属が多くの衣類で優占していました。このうち、におい成分を作る力が高かったのがマイクロコッカス属です。
気になるのは、洗濯直後の衣類にも菌が多く残っていたという点。洗濯で落とすことと、着ている間に増やさないこと、両方が必要です。
なお23着の自社研究なので、条件が変われば結果も変わり得る規模です。
ワキ ― コリネバクテリウムだけではない
ワキの常在菌は、ブドウ球菌、コリネバクテリウムを含む好気性コリネフォーム、マイクロコッカス、プロピオン酸菌の4群と酵母のマラセチアです。2003年の研究では、においの強さと最も関連したのはコリネバクテリウム属でした。
よく紹介されるのはここまでですが、ワキのにおいは一種類ではありません。成分ごとに担当が違います。
脂肪酸系のにおいは、コリネバクテリウムの持つアミノアシラーゼという酵素が、グルタミンの付いた前駆体を分解して生まれます。
硫黄系のにおい(チオアルコール、3M3SH)は別の経路です。材料もシステイニルグリシンの付いた前駆体のほうで、これを効率よく変換するのは Staphylococcus hominis など一部のブドウ球菌でした。ワキに多い S. epidermidis は、あまり作りません。2020年には、この分解を担う酵素も特定されています。
つまり「ワキガの原因菌はコリネバクテリウム」は、間違いではないが半分です。
材料は「皮脂や蛋白質」ではない
ワキのにおいの材料は、皮脂や蛋白質一般ではなく、特定の前駆体です。
そしてこの前駆体が汗に出てくるかどうかは、菌ではなく ABCC11という遺伝子でほぼ決まります。材料が出ない型の人では、同じ菌がいてもこのにおいは生まれにくくなります。

足 ― 表皮ブドウ球菌
足のにおいの主成分はイソ吉草酸です。2006年の研究で、汗に含まれるロイシンというアミノ酸を表皮ブドウ球菌が分解して生じることが示されています。
同じ研究では、においの強い人の足裏から枯草菌も検出され、においの強さと密接に関連していました。
材料は皮脂ではありません。足の裏には皮脂腺がほとんどなく、汗のアミノ酸と角質が材料です。
「黄色ブドウ球菌=スタフィロコッカス属」ではない
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は、スタフィロコッカス属の中の1菌種です。属の別名ではありません。ここが混ざると、働いている菌を取り違えます。
ワキのチオアルコールを作るのは S. hominis、足のイソ吉草酸を作るのは S. epidermidis。どちらも「ブドウ球菌」ですが、別の菌です。
トイレ・ペットのアンモニア臭 ― ウレアーゼを持つ菌
出たばかりの尿は、ほとんどにおいません。ウレアーゼという酵素を持つ菌が尿素を分解してアンモニアが出てきます。時間が経つほど強くなるのはこのためです。
猫のトイレについて、原因菌の種類を名指しした情報が流通しています。ただ、たどれた出所は消臭剤の特許の背景記述で、査読された研究ではありませんでした。どの菌かまでは言えません。
言えるのは、尿の付いたものが残っているかぎりアンモニアが出続けるということです。砂や汚れを早く取り除くのが上流の対策、という結論自体は変わりません。
口臭 ― 嫌気性菌
口臭の主な成分は、硫化水素やメチルメルカプタンなどの揮発性硫黄化合物です。口の中の嫌気性菌が、はがれた粘膜、歯周ポケットからの浸出液、食べかすに含まれる硫黄入りのアミノ酸を分解して作ります。
日本歯科医師会の解説では、歯周病があるとメチルメルカプタンが高い濃度で発生するとされています。菌がいるのは歯周ポケットと舌苔なので、対処は歯科の領域です。
菌が主役ではないにおい
除菌の方向で考えても効きにくいにおいがあります。
- 加齢臭 … 主成分は2-ノネナール。皮脂の脂肪酸が変化して生じるもので、菌が材料を分解して作るタイプではありません
- フケや頭皮のにおい … 関与するマラセチアは細菌ではなく真菌(カビの仲間)です。抗菌の対象と抗真菌の対象は違います
- 全身の状態による口臭 … 糖尿病や肝硬変などでは代謝産物が呼気に出ます。口の中を清潔にしても変わりません
ちなみに、いわゆるニキビ菌は2016年に Propionibacterium acnes から Cutibacterium acnes へ名前が変わりました。古い名前で書かれた資料も、まだ多く残っています。
「除菌」と「消臭」は、止めている場所が違う
最初のしくみに戻ると、手を出せる場所は3か所です。
- 材料を減らす … 洗う、捨てる、乾かす。一番上流にあります
- 菌を減らす … これから作られる分を止めます。すでに出ている分子は減りません
- においの分子に働きかける … 今あるにおいを減らします。材料と菌が残っていれば、また作られます
「においが取れない」というときは、たいていどれかが抜けています。
なお「99.9%」といった数字の多くは、試験室の条件で測られたもの。シャーレの上で効いた濃度と、部屋や洗濯槽での実効濃度は同じではありません。
まとめ
| 場所 | 主な原因菌 | におい成分 | 材料 |
|---|---|---|---|
| 洗濯物(生乾き臭) | モラクセラ属(M. osloensis) | 4-メチル-3-ヘキセン酸 | 洗い残した汚れ |
| 衣類(着用汗臭) | マイクロコッカス属(スタフィロコッカス属も優占) | 短鎖・中鎖脂肪酸 | 汗と皮脂汚れ |
| ワキ(脂肪酸系) | コリネバクテリウム属 | 3-メチル-2-ヘキセン酸など | グルタミンの付いた前駆体 |
| ワキ(硫黄系) | Staphylococcus hominis など | チオアルコール(3M3SH) | システイニルグリシンの付いた前駆体 |
| 足 | 表皮ブドウ球菌(強いにおいの人では枯草菌も) | イソ吉草酸 | 汗のロイシン、角質 |
| トイレ・ペット | ウレアーゼを持つ菌 | アンモニア | 尿素 |
| 口 | 口の中の嫌気性菌 | 揮発性硫黄化合物 | 硫黄を含むアミノ酸 |
- においは菌が持っているのではなく、菌が材料を分解したときに生まれる
- 場所ごとに菌も材料も違う。同じ「雑菌」ではない
- 「ワキガの原因菌はコリネバクテリウム」は半分。硫黄系は一部のブドウ球菌が担っている
- 黄色ブドウ球菌はスタフィロコッカス属の別名ではなく、属の中の1菌種
- 加齢臭・頭皮のにおい・全身疾患による口臭は、菌の分解が主役ではない
- 除菌と消臭は止めている場所が違う。一番上流は材料を減らすこと

参考文献
- 花王株式会社・愛知学院大学「洗濯後に発生する衣類の悪臭の原因菌を解明 ―モラクセラ菌が衣類に残り、雑巾様臭を発生―」
- Goto T, Hirakawa H, Morita Y, et al. Complete genome sequence of Moraxella osloensis strain KMC41, a producer of 4-methyl-3-hexenoic acid, a major malodor compound in laundry. Genome Announcements. 2016;4(4):e00705-16. doi:10.1128/genomeA.00705-16
- 花王株式会社「汗をかいた後に衣類から発生するニオイ成分とその原因菌を解明 ―衣類上のマイクロコッカス菌が汗様臭を発生―」
- Taylor D, Daulby A, Grimshaw S, James G, Mercer J, Vaziri S. Characterization of the microflora of the human axilla. International Journal of Cosmetic Science. 2003;25(3):137-145. doi:10.1046/j.1467-2494.2003.00181.x
- Natsch A, Gfeller H, Gygax P, Schmid J, Acuna G. A specific bacterial aminoacylase cleaves odorant precursors secreted in the human axilla. Journal of Biological Chemistry. 2003;278:5718-5727. doi:10.1074/jbc.M210142200
- Bawdon D, Cox DS, Ashford D, James AG, Thomas GH. Identification of axillary Staphylococcus sp. involved in the production of the malodorous thioalcohol 3-methyl-3-sufanylhexan-1-ol. FEMS Microbiology Letters. 2015;362(16):fnv111. doi:10.1093/femsle/fnv111
- Rudden M, Herman R, Rose M, et al. The molecular basis of thioalcohol production in human body odour. Scientific Reports. 2020;10:12500. doi:10.1038/s41598-020-68860-z
- Ara K, Hama M, Akiba S, et al. Foot odor due to microbial metabolism and its control. Canadian Journal of Microbiology. 2006;52(4):357-364. doi:10.1139/w05-130
- 日本歯科医師会「テーマパーク8020 ― 口臭」
- Cutibacterium acnes(Scholz and Kilian 2016)― LPSN(List of Prokaryotic names with Standing in Nomenclature)収載名。旧名 Propionibacterium acnes


