ワキのにおいは、汗そのものではなく、汗に含まれる「材料」を皮膚の菌が分解して生まれます。
そして、この材料が汗に出てくるかどうかは、ABCC11という遺伝子のたった1文字の違いでほぼ決まります。
日本人の多くは「出てこない型」で、どちらの型かは耳垢を見ればおおよそ見当がつきます。耳垢が乾いているなら、ワキのにおい対策にお金をかける必要はおそらくありません。
自分の鼻ではワキガかどうか判断できない
自分のワキのにおいを、自分の鼻だけで正しく評価するのは難しいことが知られています。
自分のにおいの評価は他者の評価とずれます。においを提供した人は、自分のにおいを他の評価者より快く評価したという報告があります。小規模な研究ですが、自分の感覚だけを根拠にするのは難しいということは言えます。
必要なのは、もっと嗅ぐことでも、もっと洗うことでもなく、自分の鼻以外の判断材料です。
ワキガのにおいは「材料」と菌がそろって生まれる
汗そのものは、ほぼ無臭です。
ワキには2種類の汗腺があります。全身にあって体温調節のための水っぽい汗を出すエクリン腺と、ワキなど限られた場所にあってたんぱく質や脂質を含む汗を出すアポクリン腺です。ワキ特有のにおいに関わるのは後者です。
そして、アポクリン腺から出た時点では、まだにおいません。分泌物には「におい前駆体」と呼ばれる、それ自体はにおわない物質が含まれています。皮膚に住む細菌がこれを酵素で切断することで、はじめてにおいの成分が生まれます。
前駆体(材料) → 菌が分解 → においの成分
この最初の材料がなければ、菌がいくらいてもにおいは生まれません。

材料を出すかどうかはABCC11という遺伝子で決まる
アポクリン腺の中の前駆体は、そのままでは汗として外に出ません。細胞の外へ運び出す「輸送係」が必要で、その正体がABCC11というたんぱく質です。
このABCC11の設計図には個人差があります。538G>A(rs17822931)と呼ばれる、たった1文字の違いです。
| 遺伝子型 | ABCC11の働き | におい前駆体 |
|---|---|---|
| GG | 正常に働く | 汗の中に出てくる |
| GA | 働く | 汗の中に出てくる |
| AA | ほとんど働かない | 主要なものが検出されない |
これは実際に測定されています。
25人(うちAA型11人)のワキ汗を化学分析した研究では、AA型の人全員で、においの主要な前駆体である3種類のグルタミン抱合体が検出限界以下でした。GA型・GG型の人では全員から検出されています。
主要な材料が出てこないので、特徴的なにおいは生まれにくい。理屈と実測が一致しています。
ただし、すべてのにおい成分がなくなるわけではありません。
同じ研究で、ステロイド系のにおい物質については、AA型で有意に低下しているものの消失はしていませんでした。「AA型ならまったく無臭」ではありません。
耳垢でワキガはどこまで分かるのか
ABCC11は、ワキのアポクリン腺だけでなく、耳あかを作る腺(耳垢腺)でも働いています。
そのため、同じ1文字の違いが耳垢のタイプも決めています。
- AA型 → 乾いた、粉っぽい耳垢(乾型)
- GA型・GG型 → 湿った、べたつく耳垢(湿型)
2006年に長崎大学のグループがNature Genetics誌に報告したもので、著者らはこれを、目に見える遺伝的な形質について原因のDNA多型が特定された最初の例と位置づけています。
つまり、耳垢は自分の鼻に頼らない判断材料になります。遺伝子検査をしなくても、手元にあるということですね。
日本では湿型は少数派で、その割合はおよそ15%と報告されています(韓国で約5%、漢族で約10%)。残りが乾型ということになります。
「湿った耳垢=ワキガ」が成り立たない理由
腋臭症(ワキガ)で手術を受けた日本人79人を調べた研究では、79人中78人(98.7%)がGG型かGA型でした。同じ研究の対照群161人では、GG型・GA型は35.4%でした。
ここが一番誤解されるところです。
98.7%が意味しているのは、「においを強く気にして手術を受けた人は、ほぼ全員が湿型だった」ということです。逆は成り立ちません。
同じ論文が明記しているとおり、この判定は、においがある人を拾う精度(感度)は約99%と高いのに対し、においがない人を除外する精度(特異度)は低いのです。対照群でも3人に1人ほどが同じ遺伝型を持っていて、その大多数は日常生活で問題になっていません。さらに、患者79人のうち1人は乾型でした。
つまり、GG型・GA型であることは、においが出るための必要条件ではあっても、十分条件ではありません。「耳垢が湿っている=ワキガ」ではないということです。
この判断材料の限界
根拠になっている論文自身が、次の限界を示しています。
- AA型でも完全な無臭ではない。グルタミン抱合体は検出限界以下になるが、ステロイド系のにおい物質は低下するだけで残る
- 遺伝型と実際の耳垢が一致しない例がある。原著の家系解析にそうした例が報告されている
- 単一の遺伝子で決まる話ではない。においの程度にはアポクリン腺の数など他の要因も関わると考えられており、原著もそのように記述している
- 腋臭症の診断そのものに客観的な測定法がない。根拠となった研究でも、診断は自己申告と医師の面接判断によっている
これは「体質を推測するための、精度の高い手がかり」であって、確定診断ではありません。
ワキガと関係のないにおい【重要】
ここが、誤解が生まれやすい一番危険なところです。
ABCC11が関係しているのは、アポクリン腺由来のワキのにおいだけです。
以下はまったく別の仕組みで起きます。耳垢が乾いていても、これらのにおいは普通に発生します。
- 足のにおい … 主にエクリン汗と角質を菌が分解して生じるもの
- 頭皮のにおい … 皮脂の酸化と菌の作用
- 口臭 … 口腔内の細菌や、歯周病、消化器の問題など
- 加齢臭 … 皮脂由来の成分の変化によるもの
- 衣類のにおい戻り … 衣類に残った菌と皮脂
- 緊張したときの汗のにおい … 部位と条件によって変わる
「耳垢が乾いているから自分は無臭だ」は間違いです。
耳垢のタイプ別・今日からできる対策
耳垢が乾いている人(乾性耳垢)の対策
ワキのにおい対策に、いま以上のお金と時間をかける必要はおそらくありません。
英国の長期コホート研究(ALSPAC)に示唆的なデータがあります。
調査対象の白人母親6495人のうち、においが出ない型(AA型)だったのは117人、全体の約1.8%でした。欧州系ではこの型は非常に少数派です。
そして、この117人のうち91人、およそ8割が、それでも制汗剤・デオドラントを使い続けていました。逆に、においが出る型(約6400人)で使っていない人は5%程度でした。
117人という規模の話なので、この「8割」には幅があります。英国の白人集団が対象で、日本にそのまま当てはまるものでもありません。それでも、人が自分の体臭について抱いている不安は、実態と大きくずれることがあることは示しています。そして日本では、この「においが出ない型」が少数派どころか多数派です。
やめてみて確かめる場合は、判断を自分の鼻に任せないでください。
現実的なのは、1〜2週間やめてみて、周囲の反応に変化があるかを見ることです。自分の感覚ではなく、周りの様子を基準にします。
率直に言ってくれる家族やパートナーがいるなら、聞いてみるのも一つです。ただし一度で十分です。「気を遣って嘘をついているのでは」と思ってしまうなら、相手を何人増やしても同じことになります。
それでも気になる場合は、原因がワキのアポクリン腺ではなく、衣類に残った菌や皮脂である可能性を先に疑ってください(次項の4番)。
耳垢が湿っている人(湿性耳垢)の対策
「湿型=ワキガ」ではありません。一般の方でも数人に1人は同じ遺伝型を持っており、その大多数は問題になっていません。
そのうえで実際に困っている場合は、においの発生する仕組みに沿って考えると整理しやすくなります。前駆体 → 菌が分解 → におい、この流れのどこを止めるか、です。
1. 菌に働きかける(デオドラント) … においの発生源である菌に働くものです。
2. 汗の量を減らす(制汗剤) … アルミニウム塩などで発汗を物理的に抑えます。
日本語ではどちらも「制汗剤」と呼ばれがちですが、狙う場所が違います。殺菌成分が入っているのか、制汗成分が入っているのかを、パッケージの表示で確かめてください。
3. 毛に残るにおい物質を減らす(ワキ毛の処理) … ワキ毛にはにおいの原因物質を保持する働きがあると考えられています。
男性30人を対象とした研究では、剃毛で57.3%、ワックス脱毛で75.3%の即時的なにおいの低減が確認された一方、はさみで短く切るだけでは有意な差が出ていません。根元から除去することに意味があります。ただし効果は一時的です。
4. 衣類を変える … 見落とされがちですが、効果はあります。
運動後のTシャツを28時間置いてから訓練された評価者が判定した研究では、ポリエステルのほうが綿より不快で強いにおいと判定されました。菌の生え方も素材によって違っていました。
同じ服を繰り返し着ていないか、洗濯で落ちきっているか。体ではなく服が原因のケースがあります。
病院で相談する場合(ワキガ手術は保険適用)
市販品を買い足す前に、皮膚科や形成外科で相談するという選択肢があります。
ここで知っておいてほしいのは、「においが強いこと」と「汗の量が多いこと」は別の問題として扱われているという点です。
- においが主な問題の場合(腋臭症) … 医学的に定義された状態で、手術には保険が適用されます。診療報酬点数表にK008「腋臭症手術」として定められています
- 汗の量が主な問題の場合(多汗症) … 腋臭症とは別の診断です。塩化アルミニウムローションは日本皮膚科学会のガイドラインで推奨度が高いものですが、対象は原発性局所多汗症であって腋臭症ではなく、保険適用外です(院内製剤として処方されることが多い)。ボツリヌス毒素の注射も、重度の原発性腋窩多汗症に限って保険が適用され、腋臭症は適応外です
「においで悩んでいる」というだけで受診していい理由になります。市販の消臭剤を次々に試すより、一度診てもらうほうが早く片がつく場合があります。
それでも不安が消えない場合(自臭症について)
ここまで読んでも、「でも自分は臭っている気がする」という感覚が消えない方がいると思います。
実際にはにおっていないのに、自分が強いにおいを発していると確信してしまう状態には、医学的な名前がついています。
ICD-11(世界保健機関の国際疾病分類)の6B22「自己臭関係付け症」(自臭症とも呼ばれる)で、強迫症または関連症群に分類されています。
診断の記述には、においの元を過度に確認する、消臭剤を過剰に使う、繰り返し入浴や着替えをする、他人との近接を避ける、といった行動が特徴として挙げられています。
ただし、これらに心当たりがあること自体は珍しくありません。実際ににおいがある方も同じ行動を取ります。当てはまるかどうかを、自分で判定する必要はありません。気になるなら、その判断ごと相談先に預けてしまってください。
相談先は心療内科や精神科です。「気の持ちよう」でも「一生つきあうしかない性質」でもありません。認知行動療法や薬物療法が用いられており、においを消すこととは別の対処法があります。
ひとつ知っておいてほしいことがあります。繰り返し確認する行為は、その瞬間は安心をくれます。しかし、確認を繰り返すと、自分の記憶や判断への確信がかえって下がることが、実験で示されています。確認すればするほど、確信が持てなくなるということです。
もし思い当たるなら、対策を増やすより、相談するほうが早いかもしれません。
まとめ
- ワキのにおいは、汗そのものではなく、アポクリン汗の前駆体(材料)を菌が分解して生まれる
- 材料が汗に出てくるかどうかは、ABCC11の遺伝子型(538G>A)でほぼ決まる。AA型では主要な前駆体が検出限界以下
- 日本では湿型耳垢は約15%と報告されており、乾型が大多数
- 耳垢が乾いていればAA型の可能性が高い(あくまで目安。完全な無臭という意味でもない)
- 「湿型=ワキガ」ではない。方向が逆で、「においを強く訴える人はほぼ湿型」は言えても、その逆は言えない
- ABCC11の話はワキのアポクリン腺由来のにおい限定。足・頭皮・口臭・加齢臭は別の話
- 乾型なら対策は減らしてよい可能性がある。ただし確認は自分の鼻ではなく周囲の反応で
- 湿型で困っているなら、市販品を買い足すより皮膚科で相談が近道のことがある
- においの問題(腋臭症)と汗の量の問題(多汗症)は別の診断。保険の扱いも異なる
参考文献
・ABCC11と耳垢型・腋臭症
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医療・制度
- ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics, 6B22 Olfactory reference disorder(自己臭関係付け症). World Health Organization. https://icd.who.int/browse/2023-01/mms/en 2026年9月4日参照
- 厚生労働省「診療報酬点数表(医科)」区分番号K008 腋臭症手術
- 日本皮膚科学会「原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版」


