においの成分には、法律で指定されたリストがあります。悪臭防止法の特定悪臭物質22物質です。
ただしこれは、工場や事業場を規制するために作られたリストで、家庭のにおいを網羅したものではありません。実際、悪臭の苦情の半分以上は、この法律の規制対象外の発生源から出ています。
22物質は何のためのリストか
環境省の説明では、悪臭防止法の目的は、規制地域内の工場・事業場から出る悪臭を規制することとされています。
尺度は2つ。政令で指定された特定悪臭物質(現在22物質)と、においの程度を数値化した臭気指数です。どちらを使うかは自治体が決めます。
22物質は昭和47年の5物質から段階的に増え、平成5年に22になりました。測定方法が確立した物質から順に指定されてきた経緯があり、「においの強い順」でも「家庭で多い順」でもありません。
そして環境省の令和6年度の調査では、悪臭の苦情11076件の内訳はこうなっています。
- 規制地域内の工場・事業場(法の規制対象)… 4087件(36.9%)
- 規制地域外の工場・事業場 … 1281件(11.6%)
- 工場・事業場以外(個人住宅・アパート・寮、下水・用水など)… 5708件(51.5%)
発生源別で最も多いのは野外焼却の2439件(22.0%)で、次いでサービス業・その他、個人住宅・アパート・寮と続きます。
家庭のにおいを22物質だけで説明しようとすると足りません。
「濃度が低い=弱いにおい」ではない
においの強さは、0(無臭)から5(強烈なにおい)までの6段階臭気強度表示法で表されます。悪臭防止法の規制基準は、このうち2.5〜3.5に対応する範囲で自治体が定めることになっています。
ここで知っておきたいのは、同じ臭気強度に対応する濃度が物質によってまるで違うこと。
| 物質 | 臭気強度1(やっと感知できる)に相当する濃度 |
|---|---|
| アンモニア | 0.1 ppm |
| アセトアルデヒド | 0.002 ppm |
| 硫化水素 | 0.0005 ppm |
| トリメチルアミン | 0.0001 ppm |
| メチルメルカプタン | 0.0001 ppm |
アンモニアとメチルメルカプタンでは1000倍の開きがあります。メチルメルカプタンは、アンモニアなら測定にも引っかからないような濃度で、すでに感知できます。
つまり「何ppm検出された」という数字だけでは、においの強さを比べられません。
主な成分
アンモニア
し尿のようなにおい。窒素系の代表です。
出たばかりの尿は、ほとんどにおいません。ウレアーゼという酵素を持つ菌が尿素を分解して、アンモニアが出てきます。時間が経つほど強くなるので、ペットや介護の場面では早めに取り除くことが効きます。
22物質のなかでは、感知されるまでに比較的高い濃度を必要とする部類です。

メチルメルカプタン
腐った玉ねぎのようなにおい。メタンチオールとも呼ばれます。
硫黄を含むアミノ酸が分解されるときに生じ、口臭や排泄物に含まれます。ごく微量で感知されるため、換気の悪い場所では少量でも問題になります。
都市ガスの付臭剤として使われているのは、この物質ではありません。現在の付臭剤は、TBM(ターシャリーブチルメルカプタン)、THT(テトラヒドロチオフェン)、DMS(ジメチルサルファイド)といった有機硫黄化合物や、硫黄を含まないCH(シクロヘキセン)が主流です。
液化石油ガスでは、沸点の低いメチル・エチルメルカプタン(エタンチオール)が使われてきました。
硫化水素
腐った卵のようなにおい(腐卵臭)。硫黄を含むたんぱく質が、酸素の少ない条件で分解されて発生します。
濃度が上がると、においを感じにくくなります。厚生労働省の資料では、硫化水素が引き起こすものとして、眼の損傷や呼吸障害と並んで嗅覚の麻痺が挙げられています。
危険な濃度でも「においがしない」と感じることがあるので、においの有無を安全の目安にはできません。
トリメチルアミン
低濃度では腐った魚、高濃度ではアンモニアに似たにおいと表現されます。魚介類、生ゴミ、排水口などから広く出ます。
同じ物質でも濃度で印象が変わる、という例です。
イソ吉草酸
むれた靴下のようなにおい。3-メチルブタン酸、イソバレリアン酸とも呼ばれます。
足のにおいの主成分で、汗に含まれるロイシンというアミノ酸を表皮ブドウ球菌が分解して生じます。カーペットや布製品に汗が移ることで、部屋のにおいの原因にもなります。
アセトアルデヒド
青くさく刺激的なにおい。エタナール、酢酸アルデヒドとも呼ばれます。
厚生労働省の資料では、たばこ煙から高濃度で検出されるとされています。エタノールが体内で代謝されてできる物質でもあり、呼気にも出ます。
「四大悪臭」は、法令上の区分ではない
アンモニア、メチルメルカプタン、硫化水素、トリメチルアミンの4つを「四大悪臭物質」と呼ぶ言い方が、消臭剤や消臭加工品の説明で広く使われています。
ただし、悪臭防止法にこの区分はありません。法令上のものではなく、製品説明などで使われている呼び方です。
この4つは、硫化メチルと合わせて昭和47年に最初に指定された5物質に含まれます。早くから測定方法が確立していたため、資料や製品説明で扱われる機会が多い、というのが実態に近いところです。「家庭で最も多いにおい」という意味ではありません。
22物質に入っていないにおい
家庭のにおいの主役は、むしろリストの外にあります。
- 生乾き臭 … 4-メチル-3-ヘキセン酸
- ワキのにおい … 3M3SHなどのチオアルコール、3-メチル-2-ヘキセン酸
- 加齢臭 … 2-ノネナール
いずれも特定悪臭物質ではありません。
もうひとつ。臭気強度が測っているのは「においの強さ」で、「不快さ」ではありません。
同じ香水でも、弱ければ良い香り、強ければ耐えがたいと感じる人が多いように、快・不快は濃度と受け取る人によって変わります。においの強さと危険性も、硫化水素のように別のものです。
「できたにおいを減らす」と「においを作らせない」は別
ここまでの成分の多くは、菌が材料を分解して作ったものです。手を出せる場所は3か所あります。
- 材料を減らす … 洗う、捨てる、乾かす。一番上流にあります
- 菌を減らす … これから作られる分を止めます。すでに出ている分子は減りません
- 成分に働きかける … 今あるにおいを減らします。材料と菌が残っていれば、また作られます
なお、家庭用の洗剤・消臭剤に書ける表現は、その製品が化粧品・医薬部外品・雑貨のどの区分かによって変わります。手元の製品が何を狙ったものかは、パッケージの成分と表示で確認できます。
まとめ
| 成分 | においの表現 | 主な発生源 |
|---|---|---|
| アンモニア | し尿 | 尿の分解、ペット、介護 |
| アセトアルデヒド | 刺激的な青くさい | たばこ煙、呼気 |
| 硫化水素 | 腐った卵 | 排水、排泄物、口臭 |
| トリメチルアミン | 腐った魚 | 魚介類、生ゴミ |
| メチルメルカプタン | 腐った玉ねぎ | 口臭、排泄物 |
| イソ吉草酸 | むれた靴下 | 足、汗の移った布 |
- 特定悪臭物質22物質は、工場・事業場を規制するためのリスト。家庭のにおいの一覧ではない
- 悪臭の苦情のうち、法の規制対象は約3分の1。半分以上は工場・事業場以外の発生源
- 濃度の数字だけでは、においの強さを比べられない。臭気強度1に相当する濃度は物質によって1000倍違う
- 「四大悪臭」は法令上の区分ではない
- 生乾き臭・ワキのにおい・加齢臭の主成分は、22物質に入っていない
- においの強さと、不快さと、危険性は、それぞれ別のもの
参考文献
- 環境省「悪臭防止法の概要」
- 環境省「令和6年度悪臭防止法等施行状況調査の結果について」
- 環境省環境管理局大気生活環境室「臭気対策行政ガイドブック」平成14年4月 参考資料2「規制基準概要」表1「特定悪臭物質の規制及び臭気強度と濃度の関係」
- 環境庁大気保全局大気生活環境室 監修、日本環境衛生センター「特定悪臭物質 測定マニュアル」
- 厚生労働省「酸素欠乏症・硫化水素中毒は、致死率が高く非常に危険です」(酸素欠乏症等防止対策パンフレット)
- 独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)「付臭」用語解説
- 東京ガス「都市ガスに『におい』を付ける『付臭剤』とはどのようなものか」
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「アセトアルデヒド」
- 厚生労働省 職場のあんぜんサイト「エタンチオール(別名:エチルメルカプタン)」CAS 75-08-1
- Ara K, Hama M, Akiba S, et al. Foot odor due to microbial metabolism and its control. Canadian Journal of Microbiology. 2006;52(4):357-364. doi:10.1139/w05-130

