「重曹で農薬は落とせる?」
この疑問に対する答えは、イエスです。ただし、根拠になった研究には条件が3つ書かれています。
そして、日本には残留農薬の基準があり、基準を超えた食品は流通できない決まりになっています。なので、落とさないと危険、という話ではありません。
根拠になった研究
2017年に Journal of Agricultural and Food Chemistry に載った、マサチューセッツ大学アマースト校のグループの論文です。日本語の記事では「ハーバード大学の研究」と書かれていることがありますが、別の大学です。
有機栽培のりんごに農薬を意図的に塗り、24時間置いてから3通りの方法で洗って比べています。
- 重曹水(10 mg/mL=水1Lに10g)
- 水道水
- 次亜塩素酸ナトリウム溶液(収穫後の洗浄で使われる業界標準の方法、2分間)
結果は、重曹水が最もよく落ちました。
12分でチアベンダゾールの80%、15分でホスメットの96%が除去されています。水道水と次亜塩素酸ナトリウムで2分洗う方法は、これよりかなり劣っていました。
理由として、多くの農薬はアルカリ性で安定せず、分解が進むため、物理的な力(洗い流すこと)を助けると説明されています。
条件1|12〜15分の「浸漬」
ネット上には「1分で農薬を落とす方法」と書かれているものがありますが、論文の数字は12分と15分です。この時間があってはじめて、80%と96%に届いています。サッと洗っただけという話ではありません。
短い時間でどこまで落ちるかは、この論文からは分かりません。

条件2|落ちるのは表面だけ
ここが一番大きな留保です。
24時間の曝露のあいだに、塗ったチアベンダゾールの20%、ホスメットの4.4%が、りんごの内部に浸透していました。この分は重曹水では落とせません。
浸透の深さも測られています。チアベンダゾールは80マイクロメートル、ホスメットは20マイクロメートル。チアベンダゾールは果肉に吸収されるように設計された浸透性の農薬なので、ホスメットの4倍深くまで入っていました。

論文の著者は、農薬がりんごの内部に入り込むほど洗い流しにくくなることを示した最初の研究だと述べています。
もちろん皮をむけばもっと落ちます。ただし、別の研究者からは、皮にビタミンがあるので食べたい人が多い、というコメントも付いています。
条件3|試したのは2種類だけ
論文が扱ったのは、チアベンダゾール(殺菌剤)とホスメット(有機リン系の殺虫剤)の2つです。
「ネオニコチノイド系農薬を96%以上減少」と書かれている記事を見たことがありますが、ネオニコチノイドは試されていません。96%はホスメットの数字です。
この点は論文の発表時にも指摘されています。りんごに使用が認められた農薬はおそらく50種類ほどあり、それぞれ落ち方が違うはずなので、さらに検証が必要だ、という専門家のコメントが付いています。
実験と現実の条件の違い
もうひとつ、押さえておきたいことがあります。
この研究は、有機栽培のりんごに、農家が使う濃度の農薬を1平方センチあたり125ナノグラム塗り、24時間置いたものです。店で買った果物の状態を再現したものではありません。
洗浄方法の比較としては意味がありますが、「スーパーのりんごから何%落ちる」という数字ではないということです。
日本の農薬残留基準
不安の側から書かれた記事が多い題材なので、制度の話を入れておきます。
厚生労働省は、すべての農薬について食品ごとに残留基準を設定しています。基準値を超えて残留する食品の販売や輸入は、食品衛生法で禁止されています(ポジティブリスト制度)。
基準の決め方は次のようになっています。
- 動物を使った毒性試験から無毒性量を求め、安全係数で割ってADI(許容一日摂取量)を設定します。通常は100分の1です。
- 日本人が平均的に食べる1日あたりの農作物に含まれる残留農薬を推定し、その合計がADIの80%を超えない範囲で基準を決めます。
- 国民平均だけでなく、幼少児、妊婦、高齢者も考慮されます。
- 長期間食べ続けた場合(ADI)に加えて、短期間に大量に食べた場合(ARfD=急性参照用量)も超えないことが確認されています
実際にはどのくらいすり抜けているのか
「基準があるのは知っているけど、本当に守られているの?」
これが多くの人の実際の疑問だと思います。
検査の結果については毎年公表されており、地方公共団体が国内流通品を、検疫所が輸入品を検査しています。令和5年度の集計はこうなっていました。
| 件数 | 割合 | |
| 検査総数 | 約302万件 | – |
| 農薬等が検出された | 約1万件 | 0.34% |
| 基準値を超えていた | 244件 | 0.008% |
検査1万2千件あたり1件という水準です。
食品区分別では、農産物の国産品が0.002%、輸入品が0.020%、畜水産物が0.006〜0.010%、加工食品が0.005〜0.007%でした。
検出されること自体が0.34%、という点にも注目してください。検出は違反ではありません。集計では検出値が0.01ppm未満でも検出として数えているので、ほとんどの検査では、そもそも何も出ていないということになります。
基準に適合しなかったものについては、回収や廃棄などの措置が取られ、必要に応じて農薬等の使用について指導が行われます。
実際に摂取された農薬の量
もうひとつ、実際の食事から摂取している量も毎年調べられています。スーパー等で買った食品を調理して分析する、マーケットバスケット方式という方法です。
平成26年度の調査では、検出された29種類の農薬等について、推定される平均一日摂取量がADIに占める割合は0.009%〜2.80%でした。食品衛生基準審議会の資料(令和6年)にも、これまでの調査で流通している農産物の農薬の残留レベルは低く、食品を通じた摂取について問題となるものではないことが確認されている、と記載されています。
ただし、全数検査ではありません。抜き取り検査なので、「すり抜けたものが1件もない」という意味ではありません。0.008%というのは、その前提での数字です。
つまり、重曹で洗うことは農薬が基準を超えているから必要な作業というわけではありません。汚れを落とす延長として、気になるなら選べる方法のひとつです。
論文の条件で実践するなら

論文の条件をそのまま持ってくると、こうなります。
- 濃度 … 水1Lに重曹10g程度(論文の条件は10 mg/mL)
- 時間 … 12〜15分の浸漬
- そのあと … 水でよくすすぐ。重曹は乾くと白く残ります
- 使う重曹 … 食品添加物グレードを選んでください。掃除用は口に入れる前提で精製されていません。

いくつか注意があります。
これは、りんごでの実験です。葉物や果肉のやわらかいものを12分浸けると、水っぽくなったり傷んだりします。同じ時間をそのまま当てはめられるとは限りません。
内部に入ったものには届きません。気になる場合は、皮をむく、外葉を取り除く、といった物理的な方法のほうが確実です。
「効果なし」も正確ではありません。そう書いて別の商品を勧めているページもありますが、水道水や次亜塩素酸ナトリウムより落ちたという結果は出ています。落ちる範囲が限られている、というのが正しい理解です。
なお2025年には、片栗粉2%に浸けてから重曹5%に浸けるという組み合わせで、チアベンダゾールを94%除去したという続報も出ています。
まとめ
- 元の研究は2017年、マサチューセッツ大学(ハーバードではない)
- 重曹水は水道水や次亜塩素酸ナトリウムよりよく落ちた。12分で80%、15分で96%
- 「1分で落ちる」ではない。論文の数字は12〜15分の浸漬
- 落ちるのは表面だけ。内部に浸透した20%(チアベンダゾール)は落ちない
- 試したのは2種類の農薬だけ。りんごに使われる農薬は50種類ほどある
- 実験は有機りんごに農薬を塗って24時間置いたもの。店頭の果物の再現ではない
- 日本では毎年300万件規模の検査が行われ、基準値超過は0.008%(令和5年度)。そもそも検出されるのが0.34%
- 実際の食事からの摂取量も調べられていて、ADIに対して数%以下。洗うのは安全のために必須の作業ではない
- 重曹を使うなら食品添加物グレードを。洗ったあとは水ですすぐ
参考文献
- Yang T, Doherty J, Zhao B, Kinchla AJ, Clark JM, He L. Effectiveness of Commercial and Homemade Washing Agents in Removing Pesticide Residues on and in Apples. Journal of Agricultural and Food Chemistry. 2017. doi:10.1021/acs.jafc.7b03118
- American Chemical Society「A better way to wash pesticides off apples」
- Chemical & Engineering News「Baking soda washes pesticides from apples」2017年(著者インタビューと外部研究者のコメント)
- 厚生労働省「食品中の残留農薬等」
- 厚生労働省医薬食品局食品安全部「残留農薬等のポジティブリスト制度の導入について」(無毒性量・ADI・安全係数100分の1、ADIの80%以内での基準設定)
- 厚生労働省「令和5年度 食品中の残留農薬等検査結果」令和7年8月14日公表(検査数、検出数、基準値超過数)
- 消費者庁「平成26年度 食品中の残留農薬等の一日摂取量調査結果」(マーケットバスケット方式、対ADI比)
- 食品衛生基準審議会農薬・動物用医薬品部会「食品中の農薬の残留基準値設定の基本原則について」
- Efficacy of Household and Commercial Washing Agents in Removing the Pesticide Thiabendazole Residues from Fruits. 2025. PMC11764615

