
実は、重曹は動物の体そのものには使えません。犬も猫も、体に付いたものを毛づくろいで口に入れるからです。
使えるのは動物が口にしない場所に限られ、そこで中和できるのは酸性のにおいだけです。尿のにおいは、その外側にあります。
「天然だから動物にも安全」は成り立たない
重曹が家庭で広く使われているのは事実です。ただし、由来が天然であることは安全性の根拠になりません。重曹には用途別のグレードがあり、掃除用は口に入れる前提で精製された製品ではありません。

そのうえで、ペットには人と決定的に違う点がひとつあります。
口に入る量を動物のほうが決めてしまうことです。
人は口に入れる量を自分で決められます。犬や猫は、床にまかれた粉、毛に付いた粉、拭いたばかりの体を、そのまま舐め取ります。「少量だから」と思っていても、実際に入った量は分かりません。
重曹(炭酸水素ナトリウム)は、獣医の領域では中毒の対象物質として扱われています。
米国の獣医薬剤師の団体は、ペットの中毒情報の一覧に重曹を載せており、大量に摂取したときの症状として嘔吐、下痢、元気消失、ふるえ、けいれん、呼吸が速くなること、見当識の障害を挙げています。
もうひとつ、ASPCA動物中毒管理センターの担当者による査読つきの解説では、吐かせる目的で塩や重曹を飲ませることは避けるべきとされています。
理由は血中のナトリウムが上がること(高ナトリウム血症)で、それ自体がふらつきや振戦、けいれんにつながるためです。同じ解説では、重曹を摂取した動物への活性炭の投与も勧められていません。
つまり重曹は、動物が誤って口にしたときに処置が検討される側の物質です。体にかけるものではありません。
危険な量は体重や動物種で変わります。飲み込んだ疑いがあるときは、量を自分で見積もらずに動物病院に連絡してください。
体に使う4つの方法は、いずれも成り立たない
重曹をペットの体に使う方法として、次の4つがよく紹介されています。順に見ていきます。
シャンプーに混ぜる/粉をかけてブラッシングする
「毛並みがふんわりする」「ツヤが出る」という説明は広く見られますが、これを支える資料は見つかりませんでした。
仮に手ざわりが変わったとしても、粉を毛にかければ動物はそれを舐めます。すすいでも、毛と皮膚に残った分は同じことになります。
歯を磨く
動物病院が人用の歯磨き剤を勧めないのは、成分の話である以前に、犬や猫は吐き出せないからです。口に塗ったものは飲み込まれます。
重曹も同じ理由でここから外れます。ペット用の歯磨き剤は、飲み込むことを前提に作られています。
耳を拭く/耳ダニを予防する
ここには問題が2つあります。
ひとつは、耳の奥を家庭で触らないことです。動物病院は、家庭では耳の入口をガーゼでふく程度に留め、外耳道の中の処置は病院で行うよう案内しています。綿棒を入れると、動物が動いたときに奥を突いたり、外耳道の皮膚を傷つけたりします。
もうひとつは、耳ダニは拭いて予防するものではないことです。耳ダニ(ミミヒゼンダニ、Otodectes cynotis)は外耳道に寄生する寄生虫で、感染すると自然に治ることはほとんどなく、駆虫薬で治療します。
黒い耳垢が大量に出る、しきりに耳をかく、頭を振る。これらは受診の理由になります。重曹水で拭いて様子を見る場面ではありません。
毛玉対策に重曹水で全身を拭く
温めた重曹水をタオルに含ませて全身を拭く、という方法があります。
ただし抜け毛を取っているのは濡れたタオルであって、重曹がここで何をしているのかは説明されていません。そして拭いたあと、猫はその毛を舐めます。
毛球症が心配な場合は、ブラッシングと動物病院での相談が先になります。
重曹が効く条件は2つ。ペットがいると3つになる
重曹の消臭が働くには、条件が2つあります。
- においが酸性であること。重曹は弱アルカリ性なので、中和できるのは酸性のにおいだけです
- 重曹が直接触れること。置いておくだけでは、においの分子は重曹まで来ません
ペットのいる家では、ここに3つ目が加わります。
- 動物が口にしない場所であること
3つそろう場所は思ったより狭くなります。
| 使いどころ | 酸性か | 直接触れるか | 口に入らないか |
|---|---|---|---|
| ケージ・キャリーを洗う | ○ 皮脂汚れ | ○ こする | ○ 洗って乾かす |
| 毛布・タオルの洗濯 | ○ | ○ つけ置き | ○ すすぐ |
| 食器のぬめり取り | ○ | ○ | ○ |
| プラスチックのトイレ容器を洗う | ○ | ○ | ○ |
| 猫砂に敷く・ふりかける | × アンモニア | △ | × 掘る |
| 粗相した床に粉をまく | × アンモニア | ○ | × 舐める |
| 部屋に置いておく | ― | × | ― |
| 体・毛・耳・歯 | ― | ― | × |

尿のにおいに重曹は届かない
尿のにおいも、材料 → 菌が分解 → においという流れで生まれます。
尿素(材料) → 細菌が分解 → アンモニア(におい)
排泄した直後の尿は、においがほとんどありません。尿素そのものはにおわないからです。時間が経つと細菌が尿素を分解してアンモニアに変え、ここで強いにおいになります。「しばらく経ってからにおい出す」のはこのためです。
そしてアンモニアは塩基性です。重曹も弱アルカリ性なので中和は起きません。粉を一晩置いても、この反応は進みません。
猫の尿には、もうひとつ別のにおいがある
猫の尿にはフェリニンという、猫の仲間だけが作るアミノ酸が含まれています。これが分解されると 3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール(3-MMB) という硫黄を含む物質になり、猫の尿の「あの」においの成分のひとつになります。理化学研究所と岩手大学などのグループが2006年に報告したものです。
こちらは、酸性・塩基性という軸で整理できる物質ではありません。中和という考え方の外側にあります。
猫の尿のにおいには、重曹が想定していない相手が2つ入っていることになります。
具体的にどうすればいいか
- まず吸い取る。においの材料そのものを減らすのが一番上流です。粉をかけるより先に、ペーパーで押さえて水分を取ります
- 洗えるものは洗う。カバー、マット、布は外して洗濯に回します
- 洗えないものは、染み込んだ深さが問題になる。表面に置いた粉は、フローリングの継ぎ目やカーペットの奥までは届きません
- 繰り返すなら、掃除の問題ではないことがある。同じ場所を何度も汚す、トイレ以外で排泄する、尿のにおいや量が変わった。これらは泌尿器の病気やトイレ環境のサインとして扱われています。動物病院で相談する理由になります
中和の考え方でいえば、塩基性のアンモニアに対応するのは酸性のものです。重曹とはちょうど逆になります。ただし猫の含硫化合物はこの枠から外れるので、酸で全部消えるわけでもありません。
猫砂に重曹を敷かない
「猫砂の底に重曹を敷く」「砂を替えるときに粉をふりかける」という方法が紹介されています。ここでは外します。理由は2つです。
1. 猫は砂を掘る
掘れば粉は舞い上がり、肉球と毛に付きます。猫はそのあと毛づくろいをします。3つ目の条件から外れます。
2. 尿検査の妨げになる
尿pHは、動物病院での尿検査の項目のひとつです。膀胱炎や尿石症の診断・管理で見られます。
そして採尿の案内は、どこの病院もほぼ同じです。砂を入れないトイレか、裏返したペットシーツで受ける。尿が接触した物質の影響を受けるためです。弱アルカリ性の粉を敷いた砂は、その逆をやっていることになります。
なお、猫砂に何かを足したあとは、猫がトイレを使い続けているかを見ておいてください。使わなくなれば、粗相そのものが増えます。
においが気になる場合に先に効くのは、取り除く回数のほうです。材料を減らすのが上流にあたります。
重曹が使える場所
条件が3つそろうのは、動物を外して、こすって、洗い流して、乾かせるところです。
ケージ・キャリー・プラスチックのトイレ容器
皮脂やよだれの汚れは酸性側なので、条件1に合います。粉かペーストで直接こすり、洗い流して乾かしてから動物を戻します(濃度やペーストの作り方は→重曹の使い方)。
毛布・タオル・カバーの洗濯
洗濯機に入れる前のつけ置きに使えます。すすぎで落ちるので、3つ目の条件も満たします。
ただし、においが尿由来なら、ここでも中和は起きません。洗濯そのもので洗い流す形になります。
食器のぬめり
研磨作用で落とせます。ただし、研磨は中和とは別の物理的な作用で傷が付きます。光沢のある樹脂やコーティングされた食器には使えません。

水槽・鳥かご
注意が2つあります。
- 熱湯に溶かさない。重曹水は65℃以上で炭酸ソーダ(炭酸ナトリウム)に変わります。液性が変わるので、「弱アルカリ性だから安心」という前提が崩れます
- アクリル水槽はこすらない。研磨作用で傷が付きます
生き物を戻す前に、すすいで乾かします。すすぎ残しが水に入れば、水はアルカリ側に動きます。
そしてどの場所でも、「置いておくだけ」はあまり効果はありません。
組み合わせない
酸性のものと塩素系を一緒にしない
重曹をまいたあとクエン酸や酢で拭く、という方法があります。この掃除と、塩素系の消臭剤や漂白剤を同じ場所で続けて使うと、酸性のものと塩素系が混ざり、塩素ガスが出ます。
時間差でも拭き残しがあれば同じことです。家庭用品の「まぜるな危険」の表示は、この組み合わせのためのものです。
猫のいる家では精油(アロマ)を避ける
消臭剤やアロマ入りの入浴剤キットには、精油が入っていることがあります。
猫には他の動物が精油の成分を処理するのに使う代謝の経路(グルクロン酸抱合)がありません。
においが変わったら、掃除より先に
掃除で追いつかなくなったにおいは、原因が動物の側にあることがあります。
| においの変化 | 疑う場所 |
|---|---|
| 口臭が強くなった | 歯周病 |
| 尿のにおい・量・回数が変わった | 泌尿器 |
| 耳がにおう、黒い耳垢が増えた | 外耳炎、耳ダニ |
| 体臭が変わった、かゆがる | 皮膚 |
消臭剤を買い足しても、原因が動物の側にあれば追いつきません。
まとめ
- 重曹は動物の体には使わない。犬も猫も、体に付いたものを毛づくろいで口に入れる
- 重曹は獣医の領域では中毒の対象物質として扱われている。誤食したときに処置が検討される側の物質
- シャンプー・歯磨き・耳・毛玉拭きは、いずれも根拠が見つからないか、動物が飲み込むことで外れる
- 重曹の条件は2つ(酸性であること/直接触れること)。ペットがいる家では動物が口にしない場所であることが加わる
- 尿のにおいは重曹の相手ではない。尿素が細菌に分解されてできるアンモニアは塩基性
- 猫の尿にはもうひとつ、フェリニン由来の含硫化合物がある。これは酸・塩基の枠の外
- 猫砂に重曹を敷かない。掘れば口に入り、尿検査の妨げにもなる
- 使えるのは、動物を外して、こすって、洗い流して、乾かせる場所。ケージ、食器、洗える布
- 酸性のものと塩素系を一緒にしない。
- においが急に変わったときは、掃除より先に動物病院
参考文献
ペットへの安全性
- Freed E. Oral decontamination in dogs and cats. Today’s Veterinary Nurse. Nov/Dec 2016.
- American College of Veterinary Pharmacists. Pet Poison Control: Baking Soda.
猫の尿のにおい
- Miyazaki M, Yamashita T, Suzuki Y, Saito Y, Soeta S, Taira H, Suzuki A. A major urinary protein of the domestic cat regulates the production of felinine, a putative pheromone precursor. Chemistry & Biology. 2006;13(10):1071-1079. doi:10.1016/j.chembiol.2006.08.013
- 理化学研究所・岩手大学「ネコの尿のにおいのもとになる物質の生成機構を解明」プレスリリース. 2006年10月21日
- 花王「トイレのニオイはアンモニア臭が原因?」消臭ストロング コラム
耳・歯・受診
- 泉南動物病院「犬と猫の耳ダニ症」
- FPC「耳ヒゼンダニ症(猫)」
- レラ動物病院「犬猫にヒトの歯磨き粉を使っても大丈夫?」
- 永原動物病院「犬と猫の尿検査と自宅でできる採尿方法について」
制度・公的資料
- 厚生労働省・経済産業省・消費者庁「新型コロナウイルスの消毒・除菌方法について」(消毒剤の空間噴霧に関する注意)
- 製品評価技術基盤機構(NITE)「新型コロナウイルスに対する消毒方法の有効性評価について」


